日本の玄関口でもある築地・月島エリアを中心に活動をしている東京築地ロータリークラブ(以下、東京築地RC)が創立されたのは1969年4月28日。すでに42年の歴史を持っています。創立当初の会員数は24名。創立以降、好景気の時代の波に乗って会員数は増え続け100名を超す時期もありました。
しかし、厳しい社会情勢が続く時代とともに会員数は徐々に減少し、ピーク時の半分近くまでになった時期もありました。40年の歴史の中には、このような厳しく困難な時期もありましたが、現在会員数は73名。そのうち、2009年の女性会員第一号を皮切りに女性会員も6名に増え、新しい東京築地RCに生まれ変わりつつある、まさにその変革期の渦中にいます。

新しい力、若い力を得てパワーアップしている東京築地RCは、継承すべきこと、変革すべきことを見極めながら「地域のため、未来のために」をスローガンに活動を展開しています。
地元小学校でのワークショプを年に数回行っています。会員の中には、海外駐在や海外勤務経験を持っている方がいます。そういった会員が中心となって、海外事情について語り子どもたちに学びのきっかけを提供するといった活動もそのひとつです。
また、子どもたちの課外活動として、会員が運営する農場での農園芸体験も行っています。さらに、高齢者福祉施設で歌唱を中心とした交流も毎月続けております。いずれも、会員たちの経験やネットワークを活かしながら、地域に根ざした活動を行っています。

国際化時代に必要なのは、世界に日本を知ってもらい日本との信頼関係を築くことであると考え、1952年に日本で学ぶ外国人留学生を物心両面でサポートすることを目的とした米山奨学事業が立ち上がりました。日本で初めて設立した東京ロータリークラブの初代会長・米山梅吉氏の功績を記念し発足した事業でもあり、東京築地RCも創立当初から支援を続けております。米山奨学事業がこれまでサポートした奨学生は100カ国以上1万4000人を超えています。

1979年より、国際ロータリーはポリオ(小児まひ)撲滅活動を国際奉仕活動の重要課題として行っています。募金活動に加え、現地にワクチンを届けたり、紛争地帯でワクチン投与の時期に一時休戦する説得するといった人道的支援活動を続け、撲滅まであと一歩というところまできています。東京築地RCもまた、創立当初からこのポリオ撲滅活動を支援しています。

企業経営者、大手企業役員、弁護士、医師、会計士、経営コンサルタント、美術商、福祉……、東京築地RCには、さまざまな分野で活躍している一流の職業人が会員として名を連ねています。
それぞれの会員が持つ経験、専門スキル、ノウハウ、ネットワーク、知恵……、これこそが、東京築地RCの財産であり強みです。この財産を共有し、つなげ地域社会に活かしていくこと、これこそが私たちの活動の基本でありミッションだと考えています。
東京築地ロータリークラブは東京の築地地区に居住するか、事業所を有する人々を中心に構成されています。
築地地区は、昔は海岸でしたが、江戸時代の明暦3(1657)年の大火により江戸のほとんどが消失したとき、幕府が火災後の緊急措置を兼ね都市計画の一環として、焼けた土を浅瀬に埋め立てて造成した所です。
「築地」という名はそれに由来しています。
バナーの絵は、1870年頃、明治維新直後の東京築地の明石橋付近の錦絵です。
絵の右側に見える洋館は精養軒(現在の上野精養軒の前身)というホテル兼レストランで、左側の建物は倉庫です。
歩いている人々の中に「ちょんまげ」を結っている人が見られますが、当時の風俗がしのばれます。

築地地区は、明治維新後「築地居留地」と称して外国人の居留が許され、西洋文化の上陸地点でした。居留外国人の中でも宣教師が多かったために、立教大学や青山学院大学などのキリスト教会により創設された学校の前身、および、聖路加病院などが設立させました。
この絵と、約140年を経過した今日の築地とを比較すると、その変化の激しさに目を見張るものがあります。

